「東濃の地盤を掘れる機械ならどこでも通用する」EX400H

「東濃の地盤を掘れる機械ならどこでも通用する」EX400H

建機を訪ねて LEGEND04

株式会社中島工務店

地元のために、地球のために。
大切なのは、安心して長く使えるものづくり。

土木工事にはじまり、住宅・社寺・商業施設の設計・施工、工具製造販売、山林の育成…と、数え上げればキリがないほど多岐にわたる事業を展開する中島工務店。地元・岐阜県中津川市の加子母(かしも)を愛し、建物づくりを通じてその魅力を全国に伝え続ける中島社長が、日立建機に託した思いとは。

建設機械はずっと日立建機

日立建機土浦工場の東館前に展示されている日本初の純国産技術で開発した油圧ショベルUH03。この展示機は1960年代に中島工務店が購入し、その後日立建機へと寄贈されたものである。同社で38年間オペレータを務め、UH03も操作した河原清一氏は当時の思い出について「UH03はチェーンがよく切れてね。毎回、冷たい川に落ちたチェーンを素手で拾うのに苦労したよ」と振り返る。

OBオペレータ 河原清一氏

同社のOBオペレータ
河原清一氏

UH03を皮切りに、同社ではこれまで100台を超える日立建機製品を導入している。その理由について、同社の代表取締役社長・中島紀于(のりお)氏に尋ねると「乗り心地や性能は他社製品と比べてもそうは変わらん。ただ、日立建機は代理店じゃなくて、直営店が売り込んできたから買った。それ以来、油圧ショベルはずっと日立建機」と語った。同社との取引を結んだ日立建機の営業担当者は、社長のご子息とキャッチボールをしながら、一緒に社長の帰りを待つほどの間柄だったという。

代表取締役社長 中島紀于氏

代表取締役社長 中島紀于氏

中島工務店が本社を構える東濃エリアの地盤は、国内でも有数の硬さである。実際、日立建機以外の建設機械メーカも、この地でデモンストレーションを行うことがあるという。「以前導入した油圧ショベルなんかは、ガッと掘った瞬間にバケットの鉄板がベロベロにめくれてね。だから新しい機械を入れる前に、ウチの人間が直接日立建機の土浦工場に行って、マジック片手に“ここをこう”って打ち合わせして補強するんだよ。そしたら2、3年後にその通りの機械ができてくるの」(中島社長)。同社と共同で、改良と補強を繰り返し、その後の日立建機製品の標準となった仕様も数多くあるという。
現在も同社の砂利工場で稼働するEX400Hは、長年にわたり東濃の硬い地盤を掘り続けてきた。「東濃の石を掘れる機械なら全国どこでも通用するんじゃないかな。でも、最近の住宅・建築関係の機械は基本5年で製造中止、7年でメンテナンス終了。メーカ側の都合もあるんだろうけど、使う側は20年も30年も使うんだから困るんよ」(中島社長)。同社では建設機械に限らず、あらゆるものを最後まで大切に使い続けることを方針としている。

現在、砂利工場で稼働しているZW180

現在、砂利工場で稼働しているZW180

木も石も人もすべて地元産

創業当時、土木工事を主としてきた中島工務店が、建築を手掛けるようになったのは今から40年ほど前のこと。木材生産を地域産業とする加子母村(当時)の村長が「加子母産の木材を全国にアピールしてほしい」と相談してきたことから始まる。「家造りなんかやったこともない中、他所から人を集めて見様見真似で最初に造ったのが私の家。今ではみんな上手になって、いい家を造るようになりましたよ」(中島社長)。
同社が建築を請け負う上での条件、それが「加子母の木を建材に使うこと」だ。加子母のヒノキ(通称:東濃ひのき)は香り高く色合いも鮮やか、スギはやわらかくて加工しやすく、どちらも国内外で高い評価を得ている。木材の他にも、塗り壁に使う土や石も、同じ中津川市に合併した石材の名産地・蛭川の素材を使用する。「僕らはここで生まれ育っとるんだから。大都会だろうが日本中どこでも、建材も大工も左官工もここから連れていく。それ以外でということであれば他所に頼んでください、というのがウチのスタンス」(中島社長)。
自給自足できる共同体づくりをめざす同社は、建築以外でも、地元の食材や工芸品を販売する産直市場の運営、町を挙げてのイベント開催などに積極的に取り組み、加子母を支え続けている。その甲斐があってか、近年、同地へのI(アイ)ターンも増えているという。「いろんなメディアにも取り上げてもらって、少しは名前も知られてきたかな」(中島社長)。2027年には中津川市にリニア中央新幹線の駅も開設される予定だ。

  • 素材の加工も自社で一貫して行っている

    素材の加工も自社で一貫して行っている

加子母から全国、そして世界へ

素材へのこだわりと確かな腕は着実に全国でも知れ渡り、今では住宅のみならず多治見市の永保寺など国宝級を含め、全国の社寺仏閣から設計・施工・修復工事の依頼が相次いでいる。社寺仏閣の建築には太くて質の良い木材が求められるため、加子母の木材のPRにもうってつけだ。その評判を聞きつけ、名だたる有名建築家や、オーストラリアやブラジルなど海の彼方からも仕事の引き合いがあるという。
さらには、教育機関からの共同研究開発の依頼も数多く舞い込む。実際に今も、海外からマイスター取得のために日本の大学へ留学してきた学生を受け入れ、研究の手助けや指導を行っている最中だ。
学生や新入社員など若い人材について、中島社長の評価は「みんな大学で勉強して出てくるけれど、実務とは違うことも多い。みんなゼロからのスタートだ」となかなか手厳しい。「だけどそれでいい。ウチに来たら一人前に育てる。早い人で5年、長くて10年。みんな独立した後も、立派にやってくれとるよ」(中島社長)。同社に対する高い評価は、仕事の依頼だけに限らず、就職希望者が増えていることにも表れている。

同社が設計・施工した賜恩山退休寺本堂

同社が設計・施工した賜恩山退休寺本堂

この国を背負う意志を

中島工務店のホームページや会社案内のトップページには“地球に生きる。自然に生きる。加子母に生きる。”というメッセージが書かれている。「なんでもそうだけど、地球が長続きするために、どうすればいいかを考えることが大事。だから、私たちは長く使えるものを作り続ける」(中島社長)。木の家をはじめ自然素材で作られたものは、化学製品や金属に比べ経年劣化が緩やかと言われている。実際、木造の社寺仏閣などには築数百年を超えるものが多数存在している。災害にも強く、2018年(平成30年)に発生した大阪府北部地震の際も、同社が建てた大阪府内の木造住宅は1棟も損壊しなかったという。
「建設機械だってそう。長く使えるものを作らんと。早く買い替えてもらおうという考え方ではダメ。自分たちの儲けばかりではなく、地球規模で考えなきゃ」。そう語る中島社長は、日立建機に寄せる期待も地球規模だ。「日立建機はもっと研究して、世界中の工場でいいものを作って、他社が追随できないような建設機械を世界中に売っていかなきゃ。大きな会社ほど社会に与える影響は大きい。特に油圧ショベルでいえば、日立建機は世界的に高いシェアを持っているんだから、しっかり“日本の日立建機”という看板を背負って、この国を引っ張っていくことよ」(中島社長)。
毎朝4時に起き、社員と同じ作業着姿で、元日の朝から大晦日の夜まで365日働き続けるという中島社長。その名刺には24時間いつでも直接電話を受けられるようにと、手書きの携帯電話番号が記されている。「生きとる限りは現役でやらないかん。100歳までまだ25年もある」(中島社長)。建設機械級のパワフルさで、これからも加子母の木材を世界中へ広め続けていくだろう。

  • 木曽川水系の河川改修工事を行うZX200

    木曽川水系の河川改修工事を行うZX200

  • 本社周辺にも豊かな自然が広がっている

    本社周辺にも豊かな自然が広がっている

EX400H

納入年 1989年(平成元年)
号機 2350
稼働時間 13,927Hr
運転質量 41t
定格出力(PS/rpm) 280/2,000
バケット容量 1.6m3
特徴 EX400は、構造物と油圧システムを大幅に変更したUH16のフルモデルチェンジ機。大出力エンジンと高圧大容量のポンプを搭載、E-P制御システムを採用することで、大作業量と低燃費を実現。フロントとトラックガードを強化した、砕石仕様機EX400Hを他社に先駆けて発売。
同社の砂利工場で今もなお現役稼働するEX400H。東濃の硬い地盤を掘るために、補強が施されている。

同社の砂利工場で今もなお現役稼働するEX400H。東濃の硬い地盤を掘るために、補強が施されている。

株式会社中島工務店

事業内容 注文住宅・住宅リフォーム・社寺建築・商業建築の設計・施工、文化財・伝統建築の保存・修復、公共建築の施工、土木工事・舗装工事・造園工事の設計・施工、砂利・生コン・コンクリートブロックの製造販売、建設機械の製造・修理・販売、山林の育成、ダイヤモンド工具製造販売、店舗経営、産業廃棄物の収集運搬、リサイクル製品の製造販売、損害保険代理店業、宅地建物取引業、一般貨物運送業
代表者 代表取締役社長 中島紀于
創業 1956年(昭和31年)3月28日
所在地 岐阜県中津川市加子母1005
ホームページ http://www.npsg.co.jp